お侍様 小劇場

   “プリズム弾けて” (お侍 番外編 130)


一体どういう皮肉なのやら、
立秋を迎えたまさにその日から、
全国的なものとして、この夏一番の猛暑が襲い来た日本列島であり。
しかもこの状況が十日は続くのだそうで。
折しも、甲子園では夏の風物詩でもある高校野球が始まり、
同じく高校生のスポーツの祭典、高校総体も九州で開幕したばかりだというに。
気温は午前中から30度台へと駆け上がり、
ところによっては、
日付が変わる頃合いになっても30度以下には下がらぬとのこと。
なので、無理はしない、水分は小まめに補給する、
陽盛りの中へ頻繁に出て行かないなどなどと、
定刻のニュースまで、まずはとそれを呼びかける事態になっているほど。

 そして勿論のこと、主人公たる若人たちへも、
 実績ある大人たちの庇護の下、
 十分な注意と監督が取り計らわれ、

そのように行き届いた環境で、
頂点目指しての1年分の奮闘を、遺憾なく発揮しなさいとばかり。
世紀越えの酷暑なんかに負けるものかと、
つまりは、予定通りに日程は進行されており。
剣道部門は佐賀市民体育館にて7日からの開催だったが、
男子個人戦も昨日の8日の内に終了し、
剣道のみの別口の全国大会でも活躍した金髪の剣豪様が、
下馬評を裏切ることなくの堂々の優勝を修めたところ。

 『凄いです、久蔵殿っ。』

学校の関係者の方々や、
都の代表ということで合宿でご指導いただいた大御所とかいう皆様方にも
それは褒められ讃えられたが。
それもこれもを一瞬で霞ませたのが、
これまたお約束の、
麗しい保護者のお兄様からのおめでとうの一言で。
全体のは出ずとも良いが、
剣道部門の閉会式には表彰もあるから出るようにと。
榊主将からわざわざクギを刺されねば、
そのまま一緒に帰っていたかもしれない駆け寄りようをした島田さんチの久蔵くん。
今日は女子の部の試合が進行中だが、
都代表に同じガッコの子がいないので、
誰が誰やら判らないというのを言い訳に。
会場にも行かず、宿泊先のホテルのロビーでぼんやりと外を眺めていたりする。

 「………。」

あぁあ、試合自体は2日もなかったのにな。何でまだここにいなきゃいけないんだろ。今朝もシチから“起きてますか?”って電話があって、やさしいお声を聞けはしたけど。どうせなら直に向かい合って、髪を撫でてもらったり、あのいい匂いのする肩のところに ちょこりって、甘えておでこをくっつけたりして、せっかくの夏休みなんだから、いっぱいいっぱいシチの傍に居たいっていうのに、まったく何でまたこんな行事が、しかも東京からこんな遠いところであるんだもうもうと。

 口を開かせたら、今だけは案外うるさいキャラだったかも知れない、
 憤懣いっぱいの久蔵くんだったりするようで。(笑)

 “……。”

高校生が団体で利用しているほどなので、それほど豪奢なホテルじゃあないが、
それでもロビーから見渡せる中庭は、
いかにも目に爽やかな庭園風に夏の緑が整然と手入れされていて。
冷房の効いたこちらは完全密封されているはずなのだが、
それでも午前中という時間帯のせいか、
蝉の鳴き声がしゃんしゃんしゃんと
ガラス越しでも そりゃあにぎやかに聞こえている。

 “東京も…。”

暑いのかなぁ。
こっちの方が南って印象なのに、外も言うほど気温は高くないし、
朝の素振りも気持ちよかったけれど。
東京はむせるような暑さだものなぁ。
七郎次は無理してないだろうか。
買い物にって毎日出掛けてないだろか。
家に籠もるのはさすがに良くないけれど、
この炎天下のうちだけは、まとめ買いしてとか配達を使ってとか、
暑さをしのいでくれたらいいものを。
自分がついていないと、
庭に何時間も出ていたり、
家じゅうの窓ふきを1日でやり切ろうと構えたり、
しっかり者のはずが、
思わぬ方向で箍が外れてしまうから困りものだと。
やはりやはり、思うのは愛するお兄様のことばかりであるらしく。

 “…だって。”

木洩れ陽が光のモザイクみたいに煌くのが、
どういう加減か、
窓際のテーブルの上で、細いプリズム光となって七色になって躍ってる。
それがまるで、
先月の彼のお誕生日に、何とか頑張って探し当てた、
光の加減で赤にも青にも煌くビジューのついた、髪留めと同じに見えて。

 『あの…。』

見事な金の髪には何を飾っても敵いはすまい、
でもでも、お料理も上手で、お洋服の趣味も良くて、
ガーデニングにしてもこの時期だと良い苗も見つからず、と来て。
知っているお店や繁華街を彼なりに色々と回ってみたけれど、
他には何も思いつけなくて。
結局、いつも代わり映えしないものでごめんなさいと、
まずは謝ってしまった久蔵だったのへ。
それは綺麗な、透明感たっぷりの石がついたバレッタへ、
玻璃の瞳を品よく輝かせて微笑ってくれたそのまま、
え?と小首を傾げた七郎次は。
ややあって、

 『でも、一杯いろんなところを回ってくれたのでしょう?』

それだけの喩えが出るのだものと訊いてくれて。
口許をうにむにと噛みしめつつ、うんと頷けば、

 『じゃあ その間って、私が久蔵殿を独り占め出来たってことになりますよね?』
 『???』

え?え?と紅色の双眸を見開いて訊き返すと、
優しい指でそおと頬を撫でてくれながら、

 『何を見ても私のことをばかり、考えてくれたのでしょう?
  だったらそれって、
  その日の久蔵殿を私が独り占めしたことになるじゃないですか。』

こんなにいい子の久蔵殿から、一日じゅう想ってもらえたなんて。
こんな嬉しいことはありません、と、
それはもうもう とろけるような優しい嫋やかさで
にっこり微笑った七郎次だったのを、

 “どうして…。”

ちゃんと写メしておかなんだのか。
こういう時こそ、ちゃんとフォローしないか高階と、
何か思わぬお方へまで八つ当たりまでしちゃってる
木曽の次代様だったり致しますが。(笑)

 「……。」

ひょいと眸をやったロビー設置の大きめの液晶テレビでは、
自分も奮闘した同じ体育館での熱戦の模様が中継放送されており。
女子にしては随分と鋭い突きと
そこからの釣り込み巻き上げという流れるような技の連続で、
相手をまんまと翻弄した白い道着の選手が、鮮やかな1本を決め、
無傷で決勝進出ですと、アナウンサーから興奮気味に讃えられておいで。

 「…ふ〜ん。」

女子なのにシチロージか、
じゃあ やっぱりそうそう変わった名前でもないのかなと。
基準が微妙におかしい島田くん、
面を取った金髪白皙の美少女の笑顔へ、
思わずのこと、凛々しくも頑迷な口許を
ふふとまろやかにほころばせていたそうな…。





     〜Fine〜  13.08.09.


  *残暑お見舞い申し上げます。
   相変わらずというか、今からこそ本番の、酷暑の夏です。
   どうか皆様、
   ご自愛くださりお健やかにお過ごしくださいますように。

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